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渡辺文敏校長の遺影 校長室にて
渡辺宏氏、ご遺族・安積壮吉氏と献花 鎮魂碑の前にて 二高正面

(1)仙台二高訪問(10月15日(金))
   ※写真は清野英一氏(高6)から提供されたものです。
     写真は大きくなります。

(2)慰霊登山(10月16日(土))

蔵王・賽の磧到着
10月16日9.30am
蔵王寺庫裏 本堂 参列者と着座
読経 焼香合掌 お礼の挨拶 同夫人と
供養塔合掌 参列者と 校歌斉唱
遭難現場へ 「馬の背」を進む 途中休憩中も視線は
熊野岳最後の急坂・エスコートは遭難碑制作者の子息月田文和氏(高4回)・必死のサポート 遭難現場到着12.30「月田氏」ヤッターッツ!」 碑前・もう滂沱たる涙
合掌、拝礼 一同拍手するが虚脱状態
取材インタビューに訥々答えるが、渡辺氏の巡礼鎮魂の心の旅路は果たして完結したのだろうか・・・

                 仙台二高・在京同窓「北杜会」新情報
                   「87歳。感涙にむせぶ慰霊登頂」
                           記録写真 清野英一氏(高6)撮影  
                           記  事 千葉英之氏(高4)執筆
 (HP既報「蔵王の悲劇が結ぶ縁──仙台二高と柏崎高」の続編)
       
  仙台二高と柏崎高校を縁結びした「蔵王遭難余話」の主人公、渡辺宏さん(87歳、神奈川県厚木市在住)は10月 16日午後、好天に恵まれた蔵王連峰の主峰、熊野岳(1841m)の慰霊登頂に成功しました。そして、大正7年10月23日に遭 難死した旧制、仙台二中の生徒、教諭9人の供養碑に鎮魂の祈りを捧げました。

 これには、月田文和さん(高4)が指揮する二高山岳部OBのサポートチーム(4人)が、万全の体制で随伴しました。このほか、大友一郎二高同窓会常任委員、松浦孝義柏崎高東京同窓会事務局長など6人も同伴しました。病を克服した渡辺宏さんは、サポートチームに前後左右を守られながらも、登下山とも全コース、自力で歩き通す 元気さ。登頂成功の際は、同行者が一斉に拍手。宏さんの感涙にむせぶ挨拶に、一同、思わず、もらい泣きしまし た。宏さんに続き一同、合掌した後、二高校歌を斉唱して下山しました。
 下山の時は、犠牲者の霊を包み込むように、頂上一面に、白い霧が立ち込めていました。

  これに先立ち、宏さんは夫人を伴ない、前日の15日に仙台二高を訪問し、校内の鎮魂碑に献花、「宏さんを囲む会」に出席。ここで、佐藤隆信校長、高橋正道副会長、安積壮吉遺族会代表などと対面しました。
  また、当日の登山の前に、賽の河原の蔵王寺で、催された犠牲者の法要(同窓会主催)にも参列しました。  この宏さんの仙台、蔵王での一部始終を撮影した記録写真が、仙台在住の同窓生、清野英一さん(高6、山岳部OB)から、北杜会に提供されました。早速、北杜会のHPに掲載されました。

  宏さんは遭難当時の二中校長、渡辺文敏先生の三男。文敏先生は引責辞職し,一家で東京に転居した後、教職に戻ることなく、生涯、極貧の中で、ひたすら犠牲者の鎮魂と慰霊につとめる日々を送りました。父の遺志を継いだ宏さんの蔵王参りは、これで通算5回目。前4回は二高側に知られることなく続けられていました。 しかし、今春、5回目の計画が、文敏先生の前任校の新潟柏崎高校同窓会から伝えられたことにより、二高同窓会側に全面支援・協力の気運が盛り上がり、この日を迎えました。北杜会が6月に開催した「渡辺宏さんを囲み励ます会」がその口火を切る結果となりました。(HP既報、拙稿「蔵王の悲劇が結ぶ縁──仙台二高と柏崎高」を参照)渡辺宏さんともども、筆者としても、改めて感謝申し上げます。

  なおこの感激の慰霊登山は、現地、報道陣も同行 取材し、その模様は東北放送TVの「ニュ ー スの森」で放映されるほか、河北新報、サンケイ新聞宮城版などにも掲載される予定です。
                                                       以上